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最高裁判所第一小法廷 昭和43年(オ)362号 判決 1968年9月12日

上告人

伊藤正男

代理人

重山徳好

田中清一

被上告人

伊藤佳代子

代理人

林武夫

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人重山徳好、同田中清一の上告理由について。

所論指摘の事実関係に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らして、肯認することができ、右認定判断の過程に何らの違法もない。そして、原審の確定した事実関係のもとにおいては、本件建物の一部につき転貸があつたものとし、右転貸につき背信行為と認めるに足りない特段の事情はなく、本件解除権行使が権利濫用に当るとはいえないとした原審の判断は、正当と認められる。

所論は、本件転貸によつて賃貸人たる被上告人が経済的利益を害されることがないから、右転貸が賃貸人と賃借人との間の信頼関係名破壊するものではない旨主張するが、本件賃貸借は、原判決摘示の事情のもとに、裁判所の調停によつて成立したものであり、右調停条項中には無断転貸禁止の条項があつたばかりでなく、上告人は右転貸によつて本件賃貸借の賃料をはるかにこえる賃料を収受しており、被上告人は本件解除前あらかじめ転借人たる訴外鳴和産業株式会社に対し無断転借は承認できない旨を告知している等原審認定の諸事実に徴すれば、賃借人たる上告人の義務違反の程度は強く、本件転貸が所論の信頼関係を破壊するものではないとは到底いえないのであつて、論旨は理由がない。

また、賃貸人が賃借人の無断転貸を理由として、賃貸借を解除した場合において、右転貸が背信行為と認めるに足りないとする特段の事情については、右解除の効力を否定しようとする賃借人の側においてその存在を主張、立証すべきものであることは、当裁判所の判例とするところである(最高裁昭和四〇年(オ)第一六三号同四一年一月二七日第一小法廷判決民集二〇巻一号一三六頁参照)。

原判決には、所論の違法はなく、論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨、事実の認定を非難するか、原審の認定しない事実を前提とし、原判決を正解せず、または独自の見解に基づいて原判決を攻撃するものであつて、採用することはできない。また、所論引用の最高裁判例は、いずれも、本件と事案を異にし、本件に適切でない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(松田二郎 入江俊郎 長部謹吾郎 岩田誠 大隅健一郎)

<参考・第二審判決理由(抄)>

<前略>

三、よつて次に、控訴人主張の背信性の存否について判断する。

控訴人は、本件転貸には背信性がないから被控訴人の解除権は発生しない旨主張する。そして転貸に当る場合でも、それが賃貸人に対する背信的行為と目し得ないような特段の事情が認められる場合は、解除権は発生しないものと解するのが相当であることは、当裁判所も、控訴人引用の諸判例と同様に考えるものである。

(一) しかしながら、<証拠略>を合せ考えれば、そもそも被控訴人と控訴人問に被控訴人主張の如き調停が成立したのは、控訴人が昭和二七年中に被控訴人を相手どつて、本件建物に対する賃借権確認の訴を提起し、これに対し、被控訴人も翌二八年右建物明渡の反訴を起し、第一審では右両訴とも被控訴人が勝訴したが、控訴審で被控訴人が、控訴人側の意向をくんで譲歩した結果によるものであることが窺い知られるが、このような調停成立の経緯ならびにひとしく賃貸借契約とはいつても、それが裁判所の調停によるものであることを思えば、調停当事者たる控訴人としても、右調停で定められた約定は特に誠実に遵守すべき筋合のものというべく、このことは控訴人においてよくよく考慮すべきであつたのに、控訴人は、右調停に明示された転貸禁止の約定に違反し、前記認定のとおり本件建物の約定賃料は一ケ月金七、〇〇〇円であつたのにその三倍に近い一ケ月金二万円の賃料で訴外会社に転貸し、金一五万円の敷金まで収受していたものであつて、以上の事実は、本件転貸の背信性を強く裏付けるものといわなければならない。

(二) 控訴人は、本件転貸は背信的行為に当らないとして諸種の事情を主張するが、その内、

(1) (イ)の主張は、なるほど<証拠略>によれば、控訴人が昭和三八年三月三〇日頃から訴外会社の顧問の地位にあつたことはこれを認め得るけれども、<証拠略>によれば、右顧問の内実は、たかだか相互に得意先を紹介し合うという体のものにすぎず、控訴人がその主張の如く訴外会社の顧問としての立場から本件転貸部分を占有していたものとは到底認め難く、それはやはり前記認定のとおり訴外会社が、同社の金沢営業所としてこれを占有していたものと認めるのを相当とするから、控訴人の右主張は理由がない。

(2) 次に控訴人は、その主張(ハ)において、転貸期間はわずか二ケ月に満たず、しかも訴外会社は既に退去済であるというが、これとても、<証拠略>によれば、被控訴人側から転借人の訴外会社に対し、無断転借は承認できない旨を述べてこれを拒絶し、さらに本訴明渡請求を提起したことによるものであるのみならず、当初から特に短期間の約定がなされていたものでないことも、さきに認定のとおりであるから、控訴人の右主張事実もまた控訴人のいう特段の事情とは目し得ない。

(3) また控訴人は、その(ニ)の主張について、本件転貸には権利金、敷金は勿論のこと賃料の定めもなかつたというが、本件転貸の賃料は一ケ月金二万円であり、敷金一五万円も控訴人において収受していたこと上記認定のとおりであるから、この主張もまた到底採用の限りでないことは断るまでもないところである。

(4) さらに控訴人は、(ホ)の主張において、控訴人と被控訴人の間柄をいい、控訴人が本件建物で瓦業を営むに至つた経過を述べ、結局控訴人が本件建物を退去することは長年ののれんを失うことになり、また他に住居を求めることは至難である旨を主張するが、<証拠略>によれば、控訴人が本件建物でその主張の瓦業を営むに至つた経過は、本件調停が成立する以前のことであることが明らかであり、また控訴人が、被控訴人の叔父であり、長年ののれんを失い、他に住居を求めることが難しいからといつて、本件建物を調停で定められた転貸禁止の特約に反して他に転貸してよいいわれは少しもないから、控訴人の右主張もまた同人のいう特段の事情としては、その理由に乏しいものといわざるを得ない。

(三) かようなわけで、控訴人が本件転貸をもつて背信的行為に当らないとする諸事情の内(イ)及び(ハ)ないし(ホ)の各主張は、たやすくこれを採用し難いものといわざるを得ないが、これに前記(一)に説示の事情を合せ考えれば、控訴人のいう(ロ)の本件転貸部分の使用状況に関する主張も、仮にそれが控訴人主張のとおりであつたとしても、これをもつて控訴人主張の特段の事情とは到底認められないから、結局本件転貸は、本件賃貸借の当事者たる被控訴人、控訴人間の信頼関係を破壊するものといわざるを得ず、控訴人の右抗弁は失当たるを免れない。

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